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専門家の「目」

躍進続く中国の宇宙開発

有人月面探査の最新動向

中国の宇宙開発は今やアメリカと肩を並べるほどになりました。2024年には中国の月面探査機「嫦娥6号」が世界で初めて月の裏側のサンプルを採取して地球に持ち帰りました。サンプルの一部は大阪・関西万博の中国館に展示されています。

写真1 月の裏側から持ち帰った土壌

写真1 月の裏側から持ち帰った土壌

月面探査だけではありません。火星探査を含めた惑星探査、ダークマターや重力波などの宇宙科学、有人宇宙ステーション、衛星コンステレーション、それに多様な衛星やロケットの開発で、中国は米国と肩を並べるほどの成果をあげています。
世界が最も注目しているのが、21世紀初となる有人月面探査の動向です。米国は1969年のアポロ11号以降、1972年のアポロ17号まで、6回の有人月面探査に成功しましたが、あれから50年以上、人類は月面に足を踏み入れていません。
アメリカは21世紀初となる有人月面探査計画「アルテミス」をスタートさせましたが、中国も2030年までには月に宇宙飛行士を送ると宣言しています。

中国の月探査計画「嫦娥」

中国は2004年に月探査プロジェクト「嫦娥計画」をスタートさせました。宇宙開発史上、初めて月の裏側に軟着陸した「嫦娥4号」は2018年12月8日に打ち上げられ、2019年1月3日に月の裏側に到達しました。「嫦娥4号」が展開した月面ローバー「玉兎2号」は月面を1.4キロ以上踏破し、月の裏側の画像1,000枚以上のデータを地球に送り届けました。

写真2 月面ローバー「玉兎2号」

写真2 月面ローバー「玉兎2号」

一方米国も21世紀初となる有人月面探査計画「アルテミス」をスタートさせました。
月の裏側は表側と様相が大きく異なっています。「月のうさぎ」のように見える表側の黒い模様は月の「海」で、かつて月に小天体が衝突した際にマントルから噴出したマグマが固まってできました。黒い色は玄武岩で、「海」と呼ばれていますが水はありません。
一方白く輝く月の高地は斜長岩です。月の裏側には大きな「海」はなく、大部分が白く輝く斜長岩で覆われています。また月の裏側には多数のクレーターがあることが知られています。

写真3 月の表側と裏側

写真3 月の表側と裏側

有人月面探査の先陣争いでは依然、米国がリードしています。米国はすでに宇宙船「オリオン」と輸送手段である巨大ロケット「SLS(Space Launch System)」の開発をほぼ終え、テスト飛行も行いました。
一方の中国は月への輸送手段として超大型ロケット「長征10型」の開発が進行中です。「長征10型」は全長88.5m、直径5メートルの超大型ロケットです。また次世代有人宇宙船の「夢舟」、月着陸船の「攬月」は現在地上試験中です。
有人宇宙船「夢舟」と超大型ロケット「長征10型」はまだテスト飛行を行っておらず、完成にはなお数年を要するものと見られています。

写真4 長征10型ロケット

写真4 長征10型ロケット

中国の宇宙開発が加速したのは1992年に最高指導者鄧小平が行った「南巡講話」以降のことです。建国50周年の1999年11月には宇宙船「神舟1号」の打ち上げと回収に成功、2003年10月には中国空軍の楊利偉中佐を乗せた「神舟5号」が地球低軌道を14回周回した後、内蒙古自治区四子王旗の草原に無事着陸しました。中国はソ連、米国に次いで有人宇宙飛行に成功した3番目の国となったのです。

熾烈な米中の宇宙開発競争

GPSに対抗する航行測位衛星の分野では2020年に「北斗」システムが完成しました。また2022年には宇宙ステーション「天宮」が完成しました。さらに2021年には火星探査機「天問1号」が火星への軟着陸に成功するなど、中国の宇宙開発は急速かつ着実に進展しています。
その火星探査では、中国が米国に先んじて、サンプルリターンに挑戦することがほぼ確実となりました。火星には大気があり、将来人類が移住できる惑星として関心が高まっています。2021年には米国の火星探査機「パーシビアランス」と中国の「天問1号」がほぼ同時に火星への軟着陸に成功しました。
米中ともに次の目標を火星からのサンプルリターンに定めています。「パーシビアランス」はすでに火星の土壌や岩石などを27本のカプセルに収め、次のミッションで回収する手はずとなっています。

写真5 中国の火星探査機「天問」と「祝融」

写真5 中国の火星探査機「天問」と「祝融」

ところがNASAと欧州宇宙機関(ESA)が進める「火星サンプルリターン計画(MSR)」は大幅な見直しを迫られています。というのも予算が大きく膨らんだうえに、開発の時期が大幅に遅れることとなったからです。
一方の中国は2028年に大型ロケット「長征5型B」と「長征3型B」の2機で「天問3号」を打ち上げて、2031年にサンプルを地球に持ち帰る計画をすでに発表しています。火星からのサンプルリターンでは中国が米国に先んじる可能性が極めて高くなっているのです。

通信に革命を起こす衛星コンステレーションをめぐる攻防

イーロン・マスク率いるスペースXが構築中の衛星コンステレーション「スターリンク」はモバイル通信ネットワークに革命を起こしつつあります。「スターリンク」は高度400-500キロの低軌道に、まるで星座(コンステレーション)のように無数の衛星を配置して、世界を通信ネットワークでつなぐ計画です。これにより空を見上げることのできる場所であれば、海でも山でも砂漠でも、インターネットを利用することができる。
中国もスペースXの後を追うように衛星コンステレーションの構築に乗り出しました。中国版衛星コンステレーション「国網(State Grid)」を構築するため中国政府は中国衛星網絡集団(星網)を設立、2024年12月16日には「長征5型B」ロケットで「国網」衛星の初号機を打ち上げました。
また中国の宇宙ベンチャー企業上海藍箭鴻擎技術の「鴻鵠3」、上海垣信科技の「千帆星座」を合わせると、約4万基の中国版「スターリンク」が出現することになります。

宇宙ステーションでの微小重力実験の世界

低軌道での宇宙利用で重要なのが宇宙ステーションです。米ロが主導して1998年に建設が始まった国際宇宙ステーションISSは耐用年数を超えて2030年まで運用されることが決まりましたが、老朽化が著しく、2030年まで持ちこたえられるかどうか、厳しい状況になっています。
一方中国は2022年12月に「天宮」を完成させました。これまでに1.8トンの実験材料で100件以上の科学実験を行い、100点以上のサンプルを回収しました。
ロケットの打ち上げ回数でみると、今や中国の「長征」シリーズと米国スペースXの争いとなっています。2024年のロケット打ち上げ回数は米国の141回に対して中国は68回です。米国はスペースXの打ち上げ回数が131回と大半を占めています。ちなみにロシアは17回、日本は7回です。

宇宙を制する者が未来を手にする

現代世界はパラダイムシフトの真っただ中にあります。かつて遺伝子操作は「神の領域に手を染めること」とされていましたが、ゲノム編集技術は生物の最小単位である細胞を人工的に作り出すことを可能にしました。
どんな難問もたちどころに解いてしまう量子コンピュータや絶対に破られない量子暗号通信の実用化も目前に迫っています。
2022年に登場したChatGPTはたちまち世界を席巻しました。大規模言語モデルの出現は間違いなく社会に変革をもたらすでしょう。
人類が今日まで発展したのは「二本足歩行」「火の利用」そして「言語」だと言われるが、人間の言語をAIが紡ぎだす時代になったのです。
さらには脳にチップを埋め込んで身体機能を回復する「ブレイン・マシン・インターフェイス」、人間を運転から解放する自律運転自動車、人間の動作をサポートするロボティクス、日常的な宇宙への往還を可能にする輸送手段など、一昔前までおよそ不可能と考えられていた技術が次々とブレークスルーを達成しています。
中国は2027年、人民解放軍創設100周年を迎えます。また2049年には中華人民共和国建国100周年を迎えます。中国は2050年に「宇宙強国」と「科学技術強国」を実現するとうたっています。
「宇宙を制する者が未来を手にする」と言われます。宇宙を制して未来を手にするのは果たして誰なのか、今後も熾烈な宇宙開発競争が続くことになります。

倉澤治雄
倉澤治雄

科学ジャーナリスト

(主な経歴)
1952年 千葉県生まれ、東京大学教養学部基礎科学科卒業、フランス国立ボルドー大学大学院修了、第三課程博士(物理化学)
1980年 日本テレビ入社 科学技術・防衛・警察・司法などを担当 北京支局長、経済部長、政治部長、解説主幹等歴任
2012年 科学技術振興機構中国総合研究センター・フェロー 副センター長
2017年 科学ジャーナリストとして独立

(主な著書)
著書等 『原発爆発』(高文研) 『中国、科学技術覇権への野望』(中公新書ラクレ) 『宇宙の地政学』(ちくま新書)ほか

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